バスケットを始めたときのことを教えてください。 「バスケは大学1年から始めて、きっかけは『SLAM DUNK』の漫画を読んでやってみようかなーって感じで。もともとスポーツは空手を小学校2年から高校3年までやっていました。」 バスケットをやっていて良かったこと、逆に大変だったことは? 「バスケをやって良かったことはたくさんの友人に出会えたこと。そして、それまで自分の中で本気に取り組めるものがなかったけれどバスケは本気で取り組めたスポーツだったので自分の色んな意味での成長につながって良かったと思います。 大変だったのは、大学のとき本格的なコーチがいなくてずーっと我流でやってきた分、大学を卒業したあと本格的なコーチのいるチームに入ったとき基礎の無さを痛感した後はすごく大変でした。変なフォーム、ドリブル、レイアップもでたらめだったんです。」 “色んな意味での成長”のなかで1番成長したと思うところはどこですか? 「それまで、自分は障害に甘えていた部分があって、その上何ひとつ本気で取り組むものがありませんでした。バスケットという手段を用いて、苦しい練習に耐えること(忍耐)、努力の維持の大切さなどを教えられました。」 チームでの役割や自分の持ち味、、課題は何だと思いますか? 「持ち味はカットインと身体能力を生かしたプレイ。課題は、2年前くらいにPG(SG)にコンバートされたので課題と言うよりは振り出しに戻った感じですね。視野、ボールキープ力、ドリブルカット力、指示力(知識)、ロングシュート力、それから自分を抑えること。熱くなりやすいんです。セルフコントロールのイメージトレーニングっぽいことをやっていますが難しいですね。」 なぜPGを任されたと思いますか? 「代表では背が低いからでしょうね。後は性格だと思います。まとめるのを期待されていると思いますね。」 最後に、須田選手にとって“代表”ってどんなものですか? 「一言で言うと“誇り”。空手も町道場の全日大会までその道場の代表として行ったことはあるけれど、あんまり楽しくなかったのです。自分の性格に合っていなかったんですね。 周りが勧めていて、他にやりたいこともなかったから、ズルズル続けていた感じ。今は大好きなバスケで、ま、ろう者の代表としてですが(笑)、日本代表であることを誇りに思います。」 (2004年6月14日インタビュー)
<取材・文 北村美夏>